愛・喜び・平和~今日、この日に感謝をこめて~

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a0142083_11135921.jpg神のいつくしみのノヴェナ二日目は、司祭と修道者の霊魂を神のいつくしみの泉へお連れします。
「今日、司祭と修道者の霊魂をわたしのもとに連れて来て、わたしの計り知れない慈しみに浸しなさい。彼らこそが、わたしの苦い受難を耐え忍ぶ力を与えた。彼らを通して、水路を通るように、わたしの慈しみが人類に流れ出る。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」1212)
「永遠の父よ、慈しみ深い眼差しをあなたのブドウ園の[聖別奉献された人々]の群れ--司祭と修道者の霊魂たちに向けてください。彼らにあなたの祝福の力をお授けください。・・・彼らが人々を救いへ導き、異口同音にとこしえにあなたの限りない慈しみを共にほめ歌うことができますように。アーメン。」(同1213より)

「ユダに、いったい何が起こったのでしょう。イエスを愛していたし、イエスに愛されていた、ユダに・・・」という言葉で始まった、昨夜のお説教が深く心に響きました。「自分の手を見る時、与えるよりも、受けることを望んでいる手が・・・」はい、あります。思いっきり望んで、受けられないと、攻撃に転じたりします119.png

イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」
-ヨハネによる福音書18章11節-
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いかなる相手にも、どのような状況においても、剣を抜くことがないように、主がお守り下さいますように。

夜まで静かに待ち望む日である聖土曜日は、朝から栄光の賛歌とアレルヤを練習し、卵を茹でる日でもあります119.png

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by hild_yam | 2018-03-31 11:52 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)

神のいつくしみ

a0142083_09505908.jpg聖金曜日は、神のいつくしみのノヴェナを始める日です110.png
「この九日間に、あなたが霊魂たちをわたしの慈しみの泉へ連れて来ることを望む。それは、彼らがそこから、人生の苦難のとき、特に臨終のときに、力と涼しさを、そして必要としているあらゆる恵みを汲むことができるためである。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」1209より)
「今日、全人類、特にすべての罪人たちをわたしのもとに連れて来て、わたしの慈しみの大海に浸しなさい。このようにして。あなたは、失われた霊魂のために苦い悲しみに投げ込まれているわたしを慰めることになる。」(同1210)
「いと慈しみ深いイエス、わたしたちを憐れみ、わたしたちを赦すことがまさにその本性である方よ、わたしたちの罪にではなく、あなたの限りない優しさに対して抱いているわたしたちの信頼に目を留めてください。」(同1211より)

ヨハネの福音書によると、イエス様は弟子達の足を洗い、そのすぐ後に裏切りの予告をし、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」とユダに言う。これは何か、とても大切な事のような気がする。イエス様はユダの裏切りを知りながら、彼の前に身をかがめ、他の弟子達と同じように愛を込めて、ユダの足を洗ったのではないか。それは、悲しみに満ちた愛だったかも知れない。そして「わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように」と言われる。

主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。
-ヨハネによる福音書13章14・15節-

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by hild_yam | 2018-03-30 10:33 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)

春の訪れ

a0142083_10280645.jpg何でこんなに心にゆとりがないかなぁ・・・と思う事の多いこの頃でしたが、久しぶりに良い時を過ごしました。
御聖体のうちにおられるイエス様との深い交わりに、時間を忘れる幸せ112.png 神様が起こる事をお許しになった最近の出来事も、ずっと昔の事も、不思議な色に包まれてイエス様と私の前に並ぶ。大切な事と、そうでもない事が、ふわっと色分けされている。もしかすると、この世の生を終える時にも、このような映像を見るのか知らん。。。

今日から、主の過ぎ越しの聖なる3日間。一瞬一瞬に頂いている、すべての恵みに心から感謝です。

イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。
-ヨハネによる福音書13章3・4節-

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by hild_yam | 2018-03-29 11:00 | 神さま、大好き! | Trackback | Comments(0)

お花畑♪

a0142083_08181670.jpg「音楽と黙想の集い」にお越し下さり、ありがとうございました。共に御言葉を味わう、穏やかな時間を与えて下さった神さまに心から感謝しております。
コンサートガイド(知らぬ間にupして下さったオルガン研究会さんにも感謝)を見ていらした御夫妻、「大抵、『オルガンが鳴っている』ように聞こえるが、ここは建物全体が響いている」と。建築が御専門らしい。この聖堂、小さなオルガンがヴァイオリンの弦のようで、胴に当たる建物に豊かに響きます。初めていらした方にも満足して頂き、関係者一同倖せいっぱいです110.png この恵まれた空間で、一瞬一瞬を大切に奏でて行きたいものです。

ヨブが友人たちのために祈ったとき、主はヨブを元の境遇に戻し、更に財産を二倍にされた。
-ヨブ記42章10節-

楽譜を北浦和⇒所沢バージョンに変更。楽譜も部屋もお花畑のよう126.pnga0142083_08460571.jpga0142083_08462086.jpg










オルガン組曲「ヨブ」全曲演奏、次回は、
8月18日(土)午後 所沢市民文化センター・ミューズ アークホールにて169.png 今回、聴き逃した方も、ぜひ162.png

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by hild_yam | 2018-03-27 09:09 | われらの北浦和教会 | Trackback | Comments(0)

音楽と黙想の集い

聖週間の始めに、こんなのやります169.png ぜひ、お越し下さいませ↓
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エーベン氏との出会いは四半世紀前のことですが、氏が醸す「キリストの香り」が忘れられません。才能ある音楽家として歩み始めた10代の頃、ナチス強制収容所へ送られ、そこで神との決定的出会いを体験された事を知り、さらに印象が深まりました。どのような状況にも、考え得る最悪の場面にも、神がともにおられ、人間的希望や楽しみが一切失われた時に、神の臨在がひときわ輝く。もしかして、これって良くあることなのでしょうか?日々の煩いに、私たちの目が曇っているのでしょうか?
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←愛用の楽譜。表紙に、
「親愛なる山田早苗さんへ、
私の音楽への関心と理解に感謝を込めて
 93年6月12日 ミュールハイムにて
           ペトル・エベン」
           と書いてあります162.png
思い出の写真です↓
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主は与え、主は奪う。
主の御名はほめたたえられよ。
-ヨブ記1章21節-

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by hild_yam | 2018-03-23 11:40 | われらの北浦和教会 | Trackback | Comments(0)

「空気」

a0142083_09095764.jpg朝から悲しい事があった火曜日の夜、ポストに届いた本。注文した古書が一日早く届いただけだが、このタイミングに神様の優しさ、ご配慮を感じる112.png

ナチス支配下での地下活動を突き動かす良心の人々、強制収容所を支配する憎しみと力の原理、読み進む中で感じる「雰囲気」に、日本の殉教者たちもこんな感じだったのかなぁ、昨年来身近に漂っている「空気」も何か似てないか、、などモヤモヤ感じる。。。そうか177.png、ある集団や社会が、多様性への寛容を失い、自分と違う者、理解できないものを排除しようとする時に生まれる敵意。これに対して、強制収容所の中、考え得る最悪の状況の中でも、聖書の御言葉と祈り、賛美の時がもたらした大きな喜び、イエス様の臨在。

これは、私たち一人ひとりへのチャレンジですね。「あなたは何に従い、どう生きる?」と。成果や効率に目を奪われる時、私たちは簡単に「空気」に飲まれてしまうし、自分の良心や信仰の力だけでイエス様のように生きるのは難しい、、聖霊によらなければ出来ない事もある。
まずは神様とのパイプラインをしっかり整えて、イエス様と似た行動が出来るように導いて頂きたいものです。
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わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
-ローマの信徒への手紙5章5節-

「コーリー、人間的な古い方法では愛せなくなった時に、神様は私たちに、完全な方法を与えてくださるんだよ。」(コーリー・テン・ブーム「わたしの隠れ場」より)

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by hild_yam | 2018-03-20 10:13 | 思ったことなど | Trackback | Comments(0)

導き♪

a0142083_20575183.jpg第7回北浦和アルファも、沢山の恵みの中で中盤の山場を迎えます。本日のビデオは、こちら↓
御土産プリントがことのほか好評で、嬉しい限りです110.png
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あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。
-フィリピの信徒への手紙2章13節-

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by hild_yam | 2018-03-18 21:14 | アルファ | Trackback | Comments(0)

祈り

主イエスを復活させた神が、イエスと共にわたしたちをも復活させ、あなたがたと一緒に御前に立たせてくださると、わたしたちは知っています。
-コリントの信徒への手紙Ⅱ4章14節-
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第15留 復活

今年は、こちらの庭園で十字架の道行を歩みました。四旬節残りの日々も、神さまの恵みと祝福が豊かにありますようお祈り申し上げます。

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by hild_yam | 2018-03-15 08:05 | 十字架の道行 | Trackback | Comments(0)

希望し続ける

a0142083_09515397.jpgヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。マグダラのマリアとヨセの母マリアとは、イエスの遺体を納めた場所を見つめていた。
-マルコによる福音15章46・47節-

第14留 イエスは墓に葬られる

すべてが終わった。期待も、希望も、すべて失われたように思われる。もう望みはない、と感じるその時に、神は力強く、御業を現わす。「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。」(コリントの信徒への手紙Ⅱ4章8-10節)
主よ、私はあなたに信頼し、希望し続けます。

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by hild_yam | 2018-03-14 07:51 | 十字架の道行 | Trackback | Comments(0)

愛し続ける

a0142083_08450164.jpg既に夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。
-マルコによる福音書15章42・43-

第13留 イエスは十字架から降ろされ、マリアの胸に抱かれる

痛ましく傷ついたキリストの体は、十字架から降ろされ、愛する者たちのもとへ、母マリアの胸に抱かれる。引き裂かれ、傷んだキリストの体は、教会。大いなる悲しみと涙のうちに、母マリアは御胸に抱く。美しい姿が見えなくても、主よ、あなたの御体を愛します。「不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」(マタイによる福音書24章12・13節)

小さな春が、あちこちで見られるようになりました110.png 大きめの、これは何?146.png
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by hild_yam | 2018-03-13 09:44 | 十字架の道行 | Trackback | Comments(2)
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オルガニスト 山田早苗 Official Blog☆聖書の御言葉と写真で綴る日記


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