愛・喜び・平和~今日、この日に感謝をこめて~

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春の息吹

a0142083_11334167.jpgあちこちで、春の息吹が感じられるようになりました056.gif 遅い春でしたね。。。
昨日の記事は、休憩前の約1時間の講和の前半、30分の訳です。後半も近日中にup出来るよう、努力しています072.gif 日常生活の傍ら、こちらに時間を使っているので、いただいたコメントへのお返事が滞っております。どうぞお許し下さい040.gif
あっ、、エリック神父様の講和を見にいらした皆さま、ついでにオルガンも聴いて行きませんかぁ~~060.gif 右のカレンダーの下、リンク「YOU TUBEのチャンネル」をポチッとして頂くと、演奏をお聴き頂けます006.gif もう一人、大好きなポーランドの聖人、コルベ神父様の曲もありますョ。

わたしはいつも主に目を注いでいます。
わたしの足を網から引き出してくださる方に。

-詩編25編15節-
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by hild_yam | 2012-03-31 11:53 | 日々の出来事 | Trackback | Comments(0)

エリック神父の講和

a0142083_13571582.jpg3月28日瀬田教会でのエリック神父様の講和を分かち合いたいと思います。以下は、私が個人的な録音から翻訳したものです。

イエス・キリストに賛美!

愛する兄弟姉妹の皆さん、私は今日ここに来て、神のいつくしみを告げ知らせることを大変嬉しく思っています。私は、エリック・カパラ神父です。ポーランドから来ました。私は41歳で、14年間ドイツで司祭として働いています。そして、今日(きょう)、東京で喜びの知らせを告げることが出来て、とても嬉しいです。イエスは、既に中国、インド、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパで福音を告げ知らせる恵みを私に与えて下さいました。ある日、私は聞きました。「あなたは、神のいつくしみの喜びの知らせを地の果てまで告げるであろう」と。そして、ここ日本は、私にとって本当に地の果てまで来たようで、(笑) 今、皆さんと一緒に喜びの知らせをとらえることができる喜びは、とても大きいのです。

イエスはシスター・ファウスティナに言いました。「神の最大の属性は、いつくしみです」と。シスター・ファウスティナは目立たない修道女で、1905年~1938年にポーランドで生きた女性です。彼女は、4年間だけ学校に通いました。修道会では、門番、庭仕事、台所などの簡単な仕事を任せられ、働いていました。イエスがこの目立たない女性を選んで、全世界に神のいつくしみを告げ知らせるために送ったのは、本当に信じられないようなことです。そしてこれは、この喜びの知らせが本当に神から来たという印でした。なぜならば、このように喜びの知らせを世界中に告げる力を持っている人間は、誰もいないからです。

今日(こんにち)、世界中どこでも、神のいつくしみの御絵に出会うことが出来ます。「イエスよ、あなたに信頼します」という言葉と共に。シスター・ファウスティナは、イエスのヴィジョンを見ました。イエスは、単純に彼女のところに来ました。この御絵のイエスは、33歳位に見えます。つまり、この御絵の33歳位のイエスは、復活された姿です。ある日イエスは、ポーランドでシスター・ファウスティナに頼みました。「このような絵を描くように」と。シスター・ファウスティナは、すぐにイエスに言いました。「私は、絵を描けません」。後に、彼女は良い聴罪司祭に出会って、その司祭が画家に描かせました。

シスター・ファウスティナは、尋ねました。「この二つの光りは、何を意味するのでしょうか」。イエスは彼女に説明しました。イエスが十字架につけられて死んだ時に、兵士が彼の心臓を刺し貫きました。そして、彼の心から血と水が流れ出ました。これは、イエスが十字架上で本当に死んだという印でした。イエスは本当に、私たち皆、一人ひとりのために死にました。この二つの光線のもうひとつの意味は、教会の二つの大切な秘跡を象徴しています。水は洗礼を、血は御聖体を象徴しています。洗礼によって、私たちは教会に入ることが出来ます。私たちは、洗礼によって神の子です。御聖体によって、私たちは教会で生きることが出来ます。キリストの体の部分になります。

御絵の下には、文字が書いてあります。イエスよ、あなたに信頼します。「JESU UFAM TOBIE」。シスター・ファウスティナは、またイエスに尋ねました。「この言葉は、どういう意味でしょうか」。イエスは彼女に説明しました。「私は人々のために十字架に付けられて死にましたが、多くの人々が私のもとに来ようとしません。私を恐れているからです」と。人々はイエスを恐れなくても良いのです。彼に信頼するべきです。彼のもとに行きましょう。

あらゆる関係において、信頼することはとても大切です。関係に信頼がないと、その関係は壊れます。教会でも、共同体でも、家庭でも、信頼が不足すると、健全な関係を保てないと分かります。だから信頼は、私たち皆にとって最も大切です。イエスはシスター・ファウスティナに言いました。「私のいつくしみの力は、この御絵の中にあるのではなく、信頼することの中にだけあります」と。信頼は、沢山の恵みを汲むことが出来る器です。信頼するのは、もちろん簡単ではありません。しかし、信頼するように努力し、毎日それについて考え、信じるならば、すべての関係において、特に神との関係において、とても重要なことだと感じるでしょう。

先ほど言ったように、この御絵は世界中によく知られています。中国に行った時、私は地下教会にも行きました。私はある日曜日に、一日中司教様と共に行動して、彼の司教区を訪れました。普通は、そのようなことをしてはいけないのですが。なぜならば、中国では外国人が勝手にあちこちの村や田舎を旅行することは許されないからです。私がそこにいることが信じられなかったし、そして、これほど多くの信者が中国の田舎にいることに驚嘆しました。
私は、小さな聖堂を訪れました。それは極めて簡素な空間でしたが、私はそこで、いつくしみ深い救い主の小さな御絵に出会いました。私は、すぐにイエスに言いました。「これは、本当に有り得ないことです。いったいこれは、現実なのでしょうか。あなたが、ここにおられるなんて!」このようにこの御絵が私と共にいて下さったのは、私にとって特別大きな喜びでした。

イエスはまた、約束されました。「わたしのいつくしみを告げ知らせる人々は、とても多くの恵みを受ける」と。そして、神のいつくしみを告げ知らせる人は、あるひとつの恵みを確実にいただきます。その確実な恵みとは、死を迎える時にイエスがいつくしみ深い救い主として、その人のもとに来られることです。私自身にとってこの恵みは、私たちが頂くことのできる数々の恵みの中でも、誠に最大の恵みです。

4年前から、私は病院付き司祭として、ある病院で働いています。私は、多くの人々と出会います。その人々は、色々な病気で、色々な痛みに苦しんでいます。そしてまた私は、死に行く人々とも出会います。そしてまた、死ぬことが出来なかった人々の様々なケースにも出会いました。そして私は、ある体験をしました。死に行く人々のそばで私がいつくしみのロザリオを唱えると、その人々は安らかに眠り、死んで行くことが出来ました。

イエスはシスター・ファウスティナに約束しました。「もし誰かが、死に行く人の側でいつくしみのロザリオを祈るならば、死に行くその人のもとにも私はいつくしみ深い救い主として来る」と。そして、私たちが本当にこの体験をすることが出来るのは信じられないほどです。しばしば、死に直面して神の前であまり従順になれない人々、神と親しい関係を持っていない人々のために、その人の側で私たちがいつくしみのロザリオを祈る時にも。これらすべてがどのように行われるのか、私たちは確かに人間的に把握することは出来ません。でも、そのようになるのです。

ある日、シスター・ファウスティナはイエスに言いました。「イエス様、私は沢山の問題を抱えている人に出会いました。その人は本当にアルコール依存症で、不信心、不道徳な人です。イエス様、私は彼のために祈り、断食します。いつの日か彼が地獄ではなく、天国へ入れるように。」そしてシスター・ファウスティナはその哀れな人のために、本当に祈り、断食し、自分にとって難しいことをすべて神に捧げました。

そしてある日、その人が残念ながら回心せずに死んだ、とシスター・ファウスティナは聞きました。ファウスティナは本当に悲しみ、挫折を味わいました。なぜならば、その人が地獄へ行ったと思ったからです。そして彼女はイエスに言いました。「なぜ、彼は死んだのでしょうか。なぜ、死ぬ前に回心しなかったのでしょうか」イエスは、彼女にとても簡単に答えました。「わたしのシスター、あなたが思っている通りではありません。わたしのいつくしみはとても大きいので、誰もそれを理解し、把握することが出来ません。」最後の数分、あるいは数秒に、イエスと死に行く人間との間に何があるかは、大きな神秘です。

それはまた、信頼という主題になります。どのような心配、問題、困難があっても、いつも神に信頼しましょう。病気や苦しみの時、いろいろ足りない時にも、いつでも神に信頼するならば、私たちは心に平和をいただきます。そして私たちは、人生の十字架を担うことが出来るようになります。神の御旨を行うことが出来るように、神から力をいただきます。
誰でも健康で元気な時には、このように言うのはとても簡単だと知っています。病気になったり、何か大きな十字架を担う時に、神に信頼するのは簡単ではありません。しかし、不可能ではありません。

私自身、14年間病気でした。私は、とても胃が悪かったのです。私は9~10歳の頃に、既にこの病気になりました。私は、寝ることも食べることも出来ませんでした。この時期は、私にとって誠に苦しい時でした。私は10歳の頃、神のいつくしみのロザリオの祈りを知るようになりました。私はまた、1980年に初めてポーランドのクラクフでシスター・ファウスティナの墓に行きました。私は司祭になりたかったので、いつも神に祈っていました。「神様、私に健康をお与え下さい」と。

しかし私の健康は回復せず、どんどん悪くなりました。ベビーフードすら食べることが出来ないほど、大きな痛みがありました。いつの日か心から昼食を楽しみたい、というのが私の唯一の願いでした。それに加えて、さらにいくつか別の病気にかかり、ある日、私は神に言いました。「もうだめです。もう出来ません。」
(つづく)

主は恵み深く、慈しみはとこしえに 主の真実は代々に及ぶ。
-詩編100編5節-
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by hild_yam | 2012-03-30 14:20 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback(1) | Comments(0)

第15留 復活

a0142083_015117.jpg若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。」
-マルコによる福音書16章6節-

「わたしはイエスにおいて死者のうちから復活するでしょう。しかし、先ず、主のうちに生きなければなりません。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」392より)

今年も、十字架の道行にお付き合い下さり、ありがとうございました040.gif 寄り道ばかりの歩みでしたが、何とか聖週間前に終わりました。ほっ=3 今年は、聖ファウスティナの日記の言葉と共に、ローマの聖十字架教会の道行を歩みました。
昨日のエリック神父様の会の御報告は、また後ほど。いつくしみの主日までには、講和の全訳をupしたいと思うのですが・・・
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by hild_yam | 2012-03-29 00:32 | 十字架の道行 | Trackback | Comments(1)

第14留 イエスは墓に葬られる

a0142083_083233.jpgヨセフは亜麻布を買い、イエスを十字架から降ろしてその布で巻き、岩を掘って作った墓の中に納め、墓の入り口には石を転がしておいた。
-マルコによる福音15章46節-

「わたしの生涯の日々は単調ではありません。黒い雲が太陽を遮るとき、鷲のように密雲に立ち向かい、太陽が消えていないことを人々に知らせます。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」685より)
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by hild_yam | 2012-03-28 23:56 | 十字架の道行 | Trackback | Comments(0)

桜満開?!

a0142083_2101644.jpgようやく、水仙が咲きました056.gif いつまでも寒いですね、、今年は。。。

朝になったらぶどう畑に急ぎ
見ましょう、ぶどうの花は咲いたか、花盛りか
ざくろのつぼみも開いたか。
それから、あなたにわたしの愛をささげます。

-雅歌7章13節-a0142083_214307.jpg


でも、こちらは既に桜満開?!⇒
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by hild_yam | 2012-03-27 21:13 | 美しいものたち | Trackback | Comments(1)

モダンな街で古楽♪

a0142083_9525517.jpg昨夜は、久しぶりに古楽アンサンブルを聴きました060.gif 昨年、中止になった会の仕切り直しとのことで、昨年用意されたプログラムをそのまま使っておられました。。この日付です。
早めに着いてしまい、風が冷たかったので、すぐ横の小さな店に避難したら、メニューに1個1000円以上のハンバーガーが並んでいる005.gif ブロガーなら、中目黒バーガー1150円とか注文するはずだが、時間もなかったので一番安いホットドック(450円+ドリンクSサイズ200円)にしておいた。
モダンな街で聴く古楽・・・ちょっと不思議な感じです045.gif

御救いを喜び歌う声が主に従う人の天幕に響く。
-詩編118編15節-
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by hild_yam | 2012-03-26 10:37 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

第13留 イエスは十字架から降ろされ、マリアの胸に抱かれる

a0142083_1137409.jpgアリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。この人も神の国を待ち望んでいたのである。
-マルコによる福音書15章43節-

「光の形をした二つの流れが
イエスの御心から流れ出ました、
天使のためでも智天使(ケルビム)のためでも熾天使(セラフィム)のためでもなく、
罪深い人間の救いのために。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」522より)
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by hild_yam | 2012-03-25 11:54 | 十字架の道行 | Trackback | Comments(0)

エリック神父の処方箋

自分の現状を受け入れることが難しかったり、周囲の状況を許せなかったり、そんな状況を黙認している神を許せなかったり、、ということは多かれ少なかれ、誰にでもあるのではないでしょうか。これを変えるには、どうすれば良いでしょう。個別の祈りで、エリック神父様が何人かの方に語られたアドバイスを私なりに纏めてみました。きっと皆様のお役に立つと思うので、分かち合うことにします。

毎日鏡を見て、鏡の中の自分に言います。「早苗(ここに各自、自分の名前を入れる)、私はあなたを許します。あなたの足りないことや、過ち、今の状態、あの時こうだったこと(等々)を許します。この両親、家族や今ある環境、等々(それが辛く苦しいもので、どうして自分にそんなことが起こったのか理解できなくても)を私に与えて下さった神様、感謝します。あなたが大きな愛を持って、私をこのように創られましたから、主よ、あなたを賛美します。」と毎日言って下さい。長い時間がかかるかも知れません。一歩ずつ小さな歩みですが、賛美と感謝があなたを癒します。そして日々、自分が喜ぶ小さなプレゼントをして下さい。例えば、趣味やスポーツを楽しむ時間を持つとか、美味しいものを食べるとか・・・あなたは聖霊の神殿です。神が住まわれるこの神殿の世話をして、気持ち良い状態に保つ必要があります。

あなた自身の心に神様の愛が溢れていなければ、それを人に与えることは出来ません。それはロウソクの火と似ています。自分のロウソクに火が灯っているならば、その火で他の人のロウソクを灯すことが出来ます。沢山のロウソクに火を灯しても、自分の火はなくなりません。そして、いつかロウソクは燃え尽きます。私たちも、いつか天の故郷へ帰ります。それがいつなのか、今日か、明日か、何十年後か、誰も自分で決めることは出来ません。(22日夜の講和より)

本日のプレゼントは、こんな感じ。神様、ありがとうございます040.gif 美味しかったです~~069.gif
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聖歌隊の皆さま、今日の練習は気持ちよく歌えましたか。グレゴリオ聖歌の練習も、小さなプレゼントになったらいいなぁ~、と思うのですが・・・045.gif

主に感謝せよ、主は慈しみ深く
人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。

-詩編107編15節-
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by hild_yam | 2012-03-24 22:38 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(1)

恵みの日

a0142083_22285412.jpgドイツ在住のポーランド人司祭エリック・カパラ神父様と通訳のウルバン神父様を迎えて、お話と祈りの会がありました072.gif

14時半~の昼の部には、約40名が参加。エリック神父様御自身の癒しや、この使命を受けた時のお話、聖ファウスティナと神のいつくしみについての説明、いつくしみのチャプレットがらみで世界各地で起きている奇跡のお話などをワクワクしながら聞いた後、クラクフから皆さんのためにお持ち下さったロザリオで神のいつくしみのチャプレットを祈りました。

続くティータイムには、祈りを求める一人ひとりに丁寧に質問し、アドバイスしてからお祈りするエリック神父様の姿が印象的でした。偶然の成り行きで?!この個別の祈りの通訳をさせていただき、一見似たような病気や悩みにも、一つひとつ違う神さまの導きや問題を見いだす神父様の洞察に感動しました。これは、私だけがいただいた特別なお恵み006.gifa0142083_22564213.jpg
19時半~の夜の部は、果たして行われるのか直前まで分からず、あまりお知らせしていなかったのですが、15名位参加されました。夜のお話の中心は、私たちが生きて行く上で大切なのは「信頼」すること。自分自身を信頼出来ないと、いろんな問題が起こる。今、私がこのような形で、ここに生きていることを神に感謝する、自分の望む形でなくとも、大きな愛をもって神が望まれたので、今、私がここにいることを受け入れる。まず自分自身を受け入れ、愛することが出来なければ、隣人を愛することも、神を愛することも難しいから。神様に出来ないことは何一つない。「イエスよ、あなたに信頼します」と心から言える時、奇跡が起こる。

写真右は、神父様のお土産といつくしみセンターさんが送って下さったお祈りカード。ロザリオ、御絵、キーホルダーなどの他に、スイスのチョコレートまで持って来て下さいました043.gif 大きなトランクにロザリオを150本お持ちになったそうですが、瀬田の会までにはなくなっちゃうかも・・・007.gif ごめんなさい。エリック神父様、ウルバン神父様、そして参加された皆様、本当にありがとうございました040.gif 今日は、大きな恵みの日でした053.gif 神様、ありがとうございます。

慈しみをいただいて、わたしは喜び踊ります。
あなたはわたしの苦しみを御覧になり
わたしの魂の悩みを知ってくださいました。

-詩編31編8節-
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by hild_yam | 2012-03-22 23:27 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(7)

第12留 イエスは十字架上で息を引き取る

a0142083_1041381.jpgわたしの神よ、わたしの神よ
なぜわたしをお見捨てになるのか。
なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず
呻きも言葉も聞いてくださらないのか。

-詩編22編2節-

「神の慈しみの内臓(はらわた)がわたしたちのために開かれています、
十字架に磔けられたイエスの命のお陰で。
罪人よ、疑ったり絶望したりせず
慈しみに信頼すべきです、あなたも聖となり得ますから。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」522より)
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by hild_yam | 2012-03-21 10:53 | 十字架の道行 | Trackback | Comments(0)
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オルガニスト 山田早苗 Official Blog☆聖書の御言葉と写真で綴る日記


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