愛・喜び・平和~今日、この日に感謝をこめて~

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カテゴリ:神の慈しみと聖ファウスティナ( 55 )

神の愛

a0142083_21502116.jpg季節は、ソメイヨシノから八重桜へ。「我が娘よ、わたしもあなたへの愛のゆえに天から下った。わたしはあなたのために生き、あなたのために死に、あなたのために天国を創った。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」853より)天地万物の創り主、全能の神に、このように愛されているならば、いったい他に何か必要なものがあるでしょうか!

それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
-ヨハネによる福音書20章27節-
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by hild_yam | 2012-04-20 22:07 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)

神のいつくしみの主日

a0142083_2040173.jpg今日は、神のいつくしみの主日です。わが家の御絵が、大きくなりました001.gif
この祭日は定められてから日も浅く、あまり良く知らない人も多いようなので、簡単なパンフを作ってみました。小教区向け説明文をちゃんと作ろうとしたら、意外と苦労しました042.gif 不完全ではありますが、A4一枚にまとめてみました。「霊魂が信頼してわたしに近づくとき、溢れるほどの恵みで満たされるので、その霊魂は恵みを自らの内にしまっておけず、他の霊魂たちにそれをまき散らすほどになる。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」1075より)

そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
-ヨハネによる福音書20章25節-

神のいつくしみの主日とは、

教皇ヨハネ・パウロ2世は2000年から、ご復活の主日の次の日曜日(復活節第二主日)を「神のいつくしみの主日」と定め、この主日に神のいつくしみに対する特別の信心を行うよう望まれました。それは信者たちが聖霊の慰めの賜物を豊かに受け、神への愛と隣人への愛を強め、成長させることが出来るためです。
教皇ヨハネ・パウロ2世は、2002年6月13日の教皇庁内赦院謁見の際に、神のいつくしみの主日に免償を付与するための文書を認可されました。教皇庁内赦院は、教皇の意向を受けて、2002年8月3日に、その文書を発行し、この主日に全免償を受けることができる旨を発表しました。(ここまでは、カトリック中央協議会のHPから引用)
「神のいつくしみの主日」は、聖ファウスティナ・コヴァルスカ修道女(1905-1938)と強く結びついています。聖ファウスティナは、貧しい農家に生まれ、幼少の頃から農作業の手伝いをして育ちました。1925年にいつくしみの聖マリア修道会に入会し、修道女として台所、庭の手入れなどの役割を果たしました。外面的には特別なことをしたわけではありませんが、内面的にイエスとの深い神秘的交わりへと分け入る恵みを受けました。聖ファウスティナは、指導者の勧めに従い、こうした体験を「日記」に書き記しました。さらに、彼女はイエスから、「神のいつくしみ」の信心を広め、人々が神のいつくしみに信頼するよう導くという使命を与えられました。(サンパウロのHPから、澤田神父様の文章を一部引用しております)

神のいつくしみへの信心とは、

いつくしみ深いイエスの御絵
聖ファウスティナは、1931年2月22日の出現を次のように描いています。「夕方、修室にいた時、白い衣服を着ていらっしゃる主イエスを見ました。片方の手は胸のあたりの衣に触れていました。胸のあたりでわずかに開いている衣服の下から、二つの大きな光が出ていましたが、一つは赤く、もう一つは青白い光でした。・・・しばらくして、イエスはわたしに言われました。「あなたが今見ている通りに絵を描きなさい。その下に『イエス、わたしはあなたに信頼します』という言葉を書き入れなさい。わたしはこの絵が、まずあなたたちの聖堂で、そして、世界の至る所で崇められることを望む。この絵を崇める霊魂は決して滅びないと約束する。・・・わたしが自らその霊魂をわたし自身の栄光として守る。」」(日記47-48)

神のいつくしみへの祈りの花束(チャプレット)
イエスは聖ファウスティナにロザリオの珠を使った祈りを教えました。「最初に、主の祈り、アヴェ・マリアの祈り、使徒信条を唱えなさい。次に、主の祈りの珠で、次の言葉を唱えなさい。『永遠の父よ、わたしたちと全世界のすべての罪の贖いのために、あなたの最愛の子、わたしたちの主イエス・キリストの御体と御血、御霊魂と神性を御前に献げます』アヴェ・マリアの祈りの珠を使って、次の言葉を唱えなさい。『イエスの痛ましい御受難によって、わたしたちと全世界に慈しみを注いでください。』結びとして、この言葉を三回唱えなさい。『聖なる神、聖なる全能の神、聖なる永遠の神よ、わたしたちと全世界を憐れんでください。』」(日記476)
「わたしがあなたに教えたチャプレットを絶え間なく唱えなさい。それを唱える人はだれでも、臨終の時に大きな慈しみを受ける。・・・全世界がわたしの無限の慈しみを知ることを望む。わたしの慈しみに信頼するこれらの霊魂に、想像を絶する恵みを与えたいと望んでいる。」(日記687)

イエスは聖ファウスティナに言いました。「わたしは、慈しみの祭日が、すべての霊魂、特に哀れな罪人のための避難所、隠れ家となることを望む。その日、わたしの慈しみの内臓(はらわた)が開かれる。わたしの慈しみの泉に近づく霊魂に、恵みの大海を注ぐ。告解に行き、聖体を拝領する霊魂は、罪と罰の完全な赦しを得る。その日、恵みが流れ出る神の水門は、すべて開かれる。・・・慈しみの祭日は、わたしの優しさの内臓(はらわた)から生まれた。それが復活祭後の最初の主日に荘厳に祝われることを、わたしは望む。」(日記699)
「わたしの慈しみ深い心にぴったりと寄り添うようにと、苦しんでいる人類に語りなさい。そうすれば、わたしが人類を平和で満たす。」(日記1074)
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by hild_yam | 2012-04-15 00:05 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)

楽園の香り

a0142083_11381763.jpgノヴェナは、6日目です。「『今日、柔和で謙遜な霊魂と幼子たちの霊魂を連れて来て、わたしの慈しみに浸しなさい。』
真に優しく謙遜な霊魂は
すでにここ地上で楽園の空気を呼吸し、
彼女の謙遜な心の香りを
創造主御自身が喜ばれます。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」1220と1222より) 

そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。
-ルカによる福音書24章8・9節-
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by hild_yam | 2012-04-11 11:51 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)

聖金曜日

a0142083_135447100.jpg今日は、聖金曜日。主の受難を思い、記念し、断食する日。
ここを通らずして、復活祭は来ません006.gif
そしてまた、神のいつくしみのノヴェナ(九日間の祈り)を始める日でもあります。
「この九日間に、あなたが霊魂たちをわたしの慈しみの泉へ連れて来ることを望む。それは、彼らがそこから、人生の苦難のとき、特に臨終のときに、力と涼しさを、そして必要としているあらゆる恵みを汲むことができるためである。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」1209より)
今日は、全人類、特にすべての罪人たちを神のいつくしみの泉へお連れします。もうすぐ、午後3時。
今日は、十字架の道行も出来そうです001.gif

さて、イエスがまだ話しておられると、十二人の一人であるユダが進み寄って来た。祭司長、律法学者、長老たちの遣わした群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。
-マルコによる福音書14章43節-
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by hild_yam | 2012-04-06 14:25 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)

証(あかし)

a0142083_1049189.jpg今年は桜が遅いせいか、桜の食べ物が気になります063.gif
北浦和のエリック神父様の会では、心や体の癒しが沢山ありました。
私も癒して頂きました。家族の問題を祈っていただいたのですが、今までその問題を直視して祈るのも苦痛で、出来るだけ避けていたことをあの日から毎日、フツーに「祝福して下さい」と祈れるようになりました。そして数日後に気づいたのは、今まで大きな痛みをもって忍耐しなければならなかった、その同じことが起きても、心に痛みを感じない。。「あっ、またやってる・・・」って、フツーに受け止めることが出来る005.gif 心の奥深くで、何かが癒されたんだ・・と感じました。神に感謝!
瀬田でエリック神父様にお会いした時に、そのことを話したら、「毎日、祈り続けなさい。神様は、癒して下さいますから」とのアドバイスでした。
あの会に参加された方の体験や、講和(前篇後編)を読んだ感想などお寄せいただければ、(翻訳して)エリック神父様にお送りしたいと思います。内緒コメ歓迎です。出鱈目の投稿ではない印に、出来る範囲でお名前も明かしていただけると嬉しいです001.gif
いつくしみセンターさんの動画は長いですが、ギターが壊れたあたりは、抱腹絶倒でした041.gif 会衆席では聞えなかった二人のやり取りも入っていて。。「このギター、この教会で私が弾いてたものなんだ・・007.gif」と慌てるU師。「たかがギターじゃないか・・」となだめるE師。

イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。
-マルコによる福音書1章34節-
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by hild_yam | 2012-04-04 11:43 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(2)

エリック神父の講和・後編

a0142083_16343663.jpg以下は、3月30日の記事の続きですので、30日の記事からお読み下さるよう、お願い致します。

(つづき)
それでも、私は神学校で勉強しました。しかし、これらの病気は本当に大きな重荷、大きな十字架でした。神学校の先生も、私を去らせようとしました。彼は、私が神学校を去って療養のために何かした方が良いのではないか、と考えました。ある日、盲腸炎にまでなって、盲腸の手術もしなければなりませんでした。この時、私は本当に打ちのめされました。修道会の兄弟の一人が私のところに来たので、私は単純に胸の内をぶちまけました。

彼は、私にシスター・ファウスィナについて語りました。この日、彼はシスター・ファウスティナの日記を読んだところでした。シスター・ファウスティナは病気でした。彼女は、結核を患っていました。彼女はいつも疲れやすく、しっかり働くことが出来ませんでした。彼女は、それについてイエスに話しました。彼女は、単純に言いました。「イエス様、なぜ私は病気でしょうか。イエス様、他のシスターたちを見て下さい。彼女達は、あんなに沢山のことが出来ます。仕事も、祈りも良く出来て、何の問題もありません。私は、いつも病気です。私は、いつも苦しんでいます。」

イエスは、彼女に答えました。「私の娘よ、自分の苦しみを受け入れるシスターは、すべての健康なシスターが日夜働くよりも、多くのものを神からいただくことが出来ます。」イエスはまた、彼女に言いました。「誰かが、自分の悲しみ、苦しみ、痛み、病気を受け入れるならば、それは神への近道のようなものです。」
そして、これこそ真理です。私が病院で気づくのは、自分の苦しみを受け入れる人は、癒しの経過が早いということです。

私は癒されました。私は、本当にあの苦痛から解放されました。私が司祭になった時、すっかり癒されて、また食べたり飲んだり出来るようになりました。それは、私にとって大きな喜びでした。残念ながら私はとても沢山食べたので、少し太りました。(笑) 主に賛美!私は毎日いつくしみのロザリオも祈っていたので、イエスが私を癒して下さったと確信しています。
そして私は、いつも午後3時に、いつくしみのロザリオをするようにしています。これは、神の恵みでした。私は、いつも簡単に兄弟たちや他の人々に言えますから。「さあ、3時です。ちょっと休憩して、神のいつくしみのロザリオを祈りましょう」と。

私たちが神に信頼出来るようになるのは、とても単純なことです。偉大な神学は、要りません。ただ、信頼だけが必要です。私は、度々イエスに言いました。「イエス様、私はあなたに信頼するよう努力します。」私はまた、彼に言いました。「私は、あなたが理解できません。どうしてこれやあれが、私の人生で上手く行かなかったのか、分かりません。でも、私は知っています。あなたは、神です。(あなたは、どのような所にも来ることが出来ると信じています。)」
確かに、人間的にはいろいろなことが把握出来ないし、理解できません。でもイエスは、私たちの生活の中で、何でも出来ます。シスター・ファウスティナが死んだ時、みんな思いました。ファウスティナの知らせは、今はもう終わりだ、と。しかし彼女は預言の賜物によって言いました。「私の使命は、死後に始まります。その時、私は沢山の人々を助けることができます。」

そして、私たちがこの地上に生きているのは、神がそのように望んでおられるからだ、ということを忘れてはならないと思います。誰も私たちに尋ねませんでした。「あなはたは、今日生まれたいですか。それとも、100年後、あるいは100年前に生まれたいですか」と。私たちは、ここにいます。そしてこの地上で、ある期間、生きています。そして生まれてから死ぬまで、様々な病に苦しみます。私は、度々考えました。なぜ、女性は子供を産む時に、苦しまなければならないのでしょうか。私には、5人の姉妹と3人の兄弟がいます。ありがたいことに大きな家族なので、私はまた、家庭の中で苦しみを負うとはどういうことか、という経験もしました。しかしまた、私たちがいつも神に立ち帰るなら、私たちがイエスと共に生きるならば、私たちは確かに人生の重荷を担うことができる、ということも私は経験しました。

私たちは、この地上に生きています。これは、偶然ではありません。私たちが生きるように、と神が望んだのです。神が、私たちに命をプレゼントして下さったのです。私たちが望もうと、望むまいと、ある日、私たちは死ななければなりません。私が思うに、これはこの地上で唯一、公平なことです。誰でも死ななければなりません。貧しい人も、金持ちも。私はまた、働いている病院で、本当に生きたかった多くの人々に出会いました。その人々は、全力を尽くして生き続けようと戦いました。それでも、時が来たら、その人々は死ななければなりませんでした。

もちろん、私たちが神に信頼するのは簡単ではありません。でも、それは可能です。そして、わたしにとって最高のプレゼントは、死の時にイエスが来て下さることです。しかし、最もひどい苦悩は孤独です。私たちは全く一人ぼっちです、と言うことです。私たちの苦悩の中でも、孤独になることは最悪の苦悩です。イエスもまた、シスター・ファウスティナにこの言葉を語りました。「私にとって最も辛かったのは、十字架に付けられて死んだ時の孤独でした。」イエスは言いました。「みんな逃げてしまった。私は、十字架の上で一人ぼっちでした。」ただ、彼の母と彼の愛した弟子だけが十字架の下にいましたが、他の弟子たちは逃げてしまって、そこにいませんでした。だから、彼はシスター・ファウスティナに頼みました。特に午後3時に、イエスが死んだ時間である3時に、イエスのことを思い出して下さい、と。もし時間がなければ、一瞬でも、数分、数秒でも手を止めて、黙想して下さい。そして今、ここ日本では、ほぼ3時ですから、一緒に神のいつくしみのロザリオを祈りましょう。

以上が、3月28日瀬田教会での講和です。
()内は、よく聞き取れなかったので、違っているかもしれません。ごめんなさい040.gif
休憩後の質問タイムの要約と写真、動画などをいつくしみセンターさんのブログで見ることが出来ます001.gif

わたしたちの先祖はあなたに依り頼み 依り頼んで、救われて来た。
-詩編22編5節-
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by hild_yam | 2012-04-01 00:05 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)

エリック神父の講和

a0142083_13571582.jpg3月28日瀬田教会でのエリック神父様の講和を分かち合いたいと思います。以下は、私が個人的な録音から翻訳したものです。

イエス・キリストに賛美!

愛する兄弟姉妹の皆さん、私は今日ここに来て、神のいつくしみを告げ知らせることを大変嬉しく思っています。私は、エリック・カパラ神父です。ポーランドから来ました。私は41歳で、14年間ドイツで司祭として働いています。そして、今日(きょう)、東京で喜びの知らせを告げることが出来て、とても嬉しいです。イエスは、既に中国、インド、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパで福音を告げ知らせる恵みを私に与えて下さいました。ある日、私は聞きました。「あなたは、神のいつくしみの喜びの知らせを地の果てまで告げるであろう」と。そして、ここ日本は、私にとって本当に地の果てまで来たようで、(笑) 今、皆さんと一緒に喜びの知らせをとらえることができる喜びは、とても大きいのです。

イエスはシスター・ファウスティナに言いました。「神の最大の属性は、いつくしみです」と。シスター・ファウスティナは目立たない修道女で、1905年~1938年にポーランドで生きた女性です。彼女は、4年間だけ学校に通いました。修道会では、門番、庭仕事、台所などの簡単な仕事を任せられ、働いていました。イエスがこの目立たない女性を選んで、全世界に神のいつくしみを告げ知らせるために送ったのは、本当に信じられないようなことです。そしてこれは、この喜びの知らせが本当に神から来たという印でした。なぜならば、このように喜びの知らせを世界中に告げる力を持っている人間は、誰もいないからです。

今日(こんにち)、世界中どこでも、神のいつくしみの御絵に出会うことが出来ます。「イエスよ、あなたに信頼します」という言葉と共に。シスター・ファウスティナは、イエスのヴィジョンを見ました。イエスは、単純に彼女のところに来ました。この御絵のイエスは、33歳位に見えます。つまり、この御絵の33歳位のイエスは、復活された姿です。ある日イエスは、ポーランドでシスター・ファウスティナに頼みました。「このような絵を描くように」と。シスター・ファウスティナは、すぐにイエスに言いました。「私は、絵を描けません」。後に、彼女は良い聴罪司祭に出会って、その司祭が画家に描かせました。

シスター・ファウスティナは、尋ねました。「この二つの光りは、何を意味するのでしょうか」。イエスは彼女に説明しました。イエスが十字架につけられて死んだ時に、兵士が彼の心臓を刺し貫きました。そして、彼の心から血と水が流れ出ました。これは、イエスが十字架上で本当に死んだという印でした。イエスは本当に、私たち皆、一人ひとりのために死にました。この二つの光線のもうひとつの意味は、教会の二つの大切な秘跡を象徴しています。水は洗礼を、血は御聖体を象徴しています。洗礼によって、私たちは教会に入ることが出来ます。私たちは、洗礼によって神の子です。御聖体によって、私たちは教会で生きることが出来ます。キリストの体の部分になります。

御絵の下には、文字が書いてあります。イエスよ、あなたに信頼します。「JESU UFAM TOBIE」。シスター・ファウスティナは、またイエスに尋ねました。「この言葉は、どういう意味でしょうか」。イエスは彼女に説明しました。「私は人々のために十字架に付けられて死にましたが、多くの人々が私のもとに来ようとしません。私を恐れているからです」と。人々はイエスを恐れなくても良いのです。彼に信頼するべきです。彼のもとに行きましょう。

あらゆる関係において、信頼することはとても大切です。関係に信頼がないと、その関係は壊れます。教会でも、共同体でも、家庭でも、信頼が不足すると、健全な関係を保てないと分かります。だから信頼は、私たち皆にとって最も大切です。イエスはシスター・ファウスティナに言いました。「私のいつくしみの力は、この御絵の中にあるのではなく、信頼することの中にだけあります」と。信頼は、沢山の恵みを汲むことが出来る器です。信頼するのは、もちろん簡単ではありません。しかし、信頼するように努力し、毎日それについて考え、信じるならば、すべての関係において、特に神との関係において、とても重要なことだと感じるでしょう。

先ほど言ったように、この御絵は世界中によく知られています。中国に行った時、私は地下教会にも行きました。私はある日曜日に、一日中司教様と共に行動して、彼の司教区を訪れました。普通は、そのようなことをしてはいけないのですが。なぜならば、中国では外国人が勝手にあちこちの村や田舎を旅行することは許されないからです。私がそこにいることが信じられなかったし、そして、これほど多くの信者が中国の田舎にいることに驚嘆しました。
私は、小さな聖堂を訪れました。それは極めて簡素な空間でしたが、私はそこで、いつくしみ深い救い主の小さな御絵に出会いました。私は、すぐにイエスに言いました。「これは、本当に有り得ないことです。いったいこれは、現実なのでしょうか。あなたが、ここにおられるなんて!」このようにこの御絵が私と共にいて下さったのは、私にとって特別大きな喜びでした。

イエスはまた、約束されました。「わたしのいつくしみを告げ知らせる人々は、とても多くの恵みを受ける」と。そして、神のいつくしみを告げ知らせる人は、あるひとつの恵みを確実にいただきます。その確実な恵みとは、死を迎える時にイエスがいつくしみ深い救い主として、その人のもとに来られることです。私自身にとってこの恵みは、私たちが頂くことのできる数々の恵みの中でも、誠に最大の恵みです。

4年前から、私は病院付き司祭として、ある病院で働いています。私は、多くの人々と出会います。その人々は、色々な病気で、色々な痛みに苦しんでいます。そしてまた私は、死に行く人々とも出会います。そしてまた、死ぬことが出来なかった人々の様々なケースにも出会いました。そして私は、ある体験をしました。死に行く人々のそばで私がいつくしみのロザリオを唱えると、その人々は安らかに眠り、死んで行くことが出来ました。

イエスはシスター・ファウスティナに約束しました。「もし誰かが、死に行く人の側でいつくしみのロザリオを祈るならば、死に行くその人のもとにも私はいつくしみ深い救い主として来る」と。そして、私たちが本当にこの体験をすることが出来るのは信じられないほどです。しばしば、死に直面して神の前であまり従順になれない人々、神と親しい関係を持っていない人々のために、その人の側で私たちがいつくしみのロザリオを祈る時にも。これらすべてがどのように行われるのか、私たちは確かに人間的に把握することは出来ません。でも、そのようになるのです。

ある日、シスター・ファウスティナはイエスに言いました。「イエス様、私は沢山の問題を抱えている人に出会いました。その人は本当にアルコール依存症で、不信心、不道徳な人です。イエス様、私は彼のために祈り、断食します。いつの日か彼が地獄ではなく、天国へ入れるように。」そしてシスター・ファウスティナはその哀れな人のために、本当に祈り、断食し、自分にとって難しいことをすべて神に捧げました。

そしてある日、その人が残念ながら回心せずに死んだ、とシスター・ファウスティナは聞きました。ファウスティナは本当に悲しみ、挫折を味わいました。なぜならば、その人が地獄へ行ったと思ったからです。そして彼女はイエスに言いました。「なぜ、彼は死んだのでしょうか。なぜ、死ぬ前に回心しなかったのでしょうか」イエスは、彼女にとても簡単に答えました。「わたしのシスター、あなたが思っている通りではありません。わたしのいつくしみはとても大きいので、誰もそれを理解し、把握することが出来ません。」最後の数分、あるいは数秒に、イエスと死に行く人間との間に何があるかは、大きな神秘です。

それはまた、信頼という主題になります。どのような心配、問題、困難があっても、いつも神に信頼しましょう。病気や苦しみの時、いろいろ足りない時にも、いつでも神に信頼するならば、私たちは心に平和をいただきます。そして私たちは、人生の十字架を担うことが出来るようになります。神の御旨を行うことが出来るように、神から力をいただきます。
誰でも健康で元気な時には、このように言うのはとても簡単だと知っています。病気になったり、何か大きな十字架を担う時に、神に信頼するのは簡単ではありません。しかし、不可能ではありません。

私自身、14年間病気でした。私は、とても胃が悪かったのです。私は9~10歳の頃に、既にこの病気になりました。私は、寝ることも食べることも出来ませんでした。この時期は、私にとって誠に苦しい時でした。私は10歳の頃、神のいつくしみのロザリオの祈りを知るようになりました。私はまた、1980年に初めてポーランドのクラクフでシスター・ファウスティナの墓に行きました。私は司祭になりたかったので、いつも神に祈っていました。「神様、私に健康をお与え下さい」と。

しかし私の健康は回復せず、どんどん悪くなりました。ベビーフードすら食べることが出来ないほど、大きな痛みがありました。いつの日か心から昼食を楽しみたい、というのが私の唯一の願いでした。それに加えて、さらにいくつか別の病気にかかり、ある日、私は神に言いました。「もうだめです。もう出来ません。」
(つづく)

主は恵み深く、慈しみはとこしえに 主の真実は代々に及ぶ。
-詩編100編5節-
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by hild_yam | 2012-03-30 14:20 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback(1) | Comments(0)

エリック神父の処方箋

自分の現状を受け入れることが難しかったり、周囲の状況を許せなかったり、そんな状況を黙認している神を許せなかったり、、ということは多かれ少なかれ、誰にでもあるのではないでしょうか。これを変えるには、どうすれば良いでしょう。個別の祈りで、エリック神父様が何人かの方に語られたアドバイスを私なりに纏めてみました。きっと皆様のお役に立つと思うので、分かち合うことにします。

毎日鏡を見て、鏡の中の自分に言います。「早苗(ここに各自、自分の名前を入れる)、私はあなたを許します。あなたの足りないことや、過ち、今の状態、あの時こうだったこと(等々)を許します。この両親、家族や今ある環境、等々(それが辛く苦しいもので、どうして自分にそんなことが起こったのか理解できなくても)を私に与えて下さった神様、感謝します。あなたが大きな愛を持って、私をこのように創られましたから、主よ、あなたを賛美します。」と毎日言って下さい。長い時間がかかるかも知れません。一歩ずつ小さな歩みですが、賛美と感謝があなたを癒します。そして日々、自分が喜ぶ小さなプレゼントをして下さい。例えば、趣味やスポーツを楽しむ時間を持つとか、美味しいものを食べるとか・・・あなたは聖霊の神殿です。神が住まわれるこの神殿の世話をして、気持ち良い状態に保つ必要があります。

あなた自身の心に神様の愛が溢れていなければ、それを人に与えることは出来ません。それはロウソクの火と似ています。自分のロウソクに火が灯っているならば、その火で他の人のロウソクを灯すことが出来ます。沢山のロウソクに火を灯しても、自分の火はなくなりません。そして、いつかロウソクは燃え尽きます。私たちも、いつか天の故郷へ帰ります。それがいつなのか、今日か、明日か、何十年後か、誰も自分で決めることは出来ません。(22日夜の講和より)

本日のプレゼントは、こんな感じ。神様、ありがとうございます040.gif 美味しかったです~~069.gif
a0142083_22264016.jpga0142083_22265314.jpga0142083_2227939.jpg
聖歌隊の皆さま、今日の練習は気持ちよく歌えましたか。グレゴリオ聖歌の練習も、小さなプレゼントになったらいいなぁ~、と思うのですが・・・045.gif

主に感謝せよ、主は慈しみ深く
人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。

-詩編107編15節-
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by hild_yam | 2012-03-24 22:38 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(1)

恵みの日

a0142083_22285412.jpgドイツ在住のポーランド人司祭エリック・カパラ神父様と通訳のウルバン神父様を迎えて、お話と祈りの会がありました072.gif

14時半~の昼の部には、約40名が参加。エリック神父様御自身の癒しや、この使命を受けた時のお話、聖ファウスティナと神のいつくしみについての説明、いつくしみのチャプレットがらみで世界各地で起きている奇跡のお話などをワクワクしながら聞いた後、クラクフから皆さんのためにお持ち下さったロザリオで神のいつくしみのチャプレットを祈りました。

続くティータイムには、祈りを求める一人ひとりに丁寧に質問し、アドバイスしてからお祈りするエリック神父様の姿が印象的でした。偶然の成り行きで?!この個別の祈りの通訳をさせていただき、一見似たような病気や悩みにも、一つひとつ違う神さまの導きや問題を見いだす神父様の洞察に感動しました。これは、私だけがいただいた特別なお恵み006.gifa0142083_22564213.jpg
19時半~の夜の部は、果たして行われるのか直前まで分からず、あまりお知らせしていなかったのですが、15名位参加されました。夜のお話の中心は、私たちが生きて行く上で大切なのは「信頼」すること。自分自身を信頼出来ないと、いろんな問題が起こる。今、私がこのような形で、ここに生きていることを神に感謝する、自分の望む形でなくとも、大きな愛をもって神が望まれたので、今、私がここにいることを受け入れる。まず自分自身を受け入れ、愛することが出来なければ、隣人を愛することも、神を愛することも難しいから。神様に出来ないことは何一つない。「イエスよ、あなたに信頼します」と心から言える時、奇跡が起こる。

写真右は、神父様のお土産といつくしみセンターさんが送って下さったお祈りカード。ロザリオ、御絵、キーホルダーなどの他に、スイスのチョコレートまで持って来て下さいました043.gif 大きなトランクにロザリオを150本お持ちになったそうですが、瀬田の会までにはなくなっちゃうかも・・・007.gif ごめんなさい。エリック神父様、ウルバン神父様、そして参加された皆様、本当にありがとうございました040.gif 今日は、大きな恵みの日でした053.gif 神様、ありがとうございます。

慈しみをいただいて、わたしは喜び踊ります。
あなたはわたしの苦しみを御覧になり
わたしの魂の悩みを知ってくださいました。

-詩編31編8節-
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by hild_yam | 2012-03-22 23:27 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(7)

灰の水曜日

a0142083_13232053.jpg今日は、灰の水曜日。四旬節の始まりです。
「彼らが苦しむ痛みと侮辱とにおいてわたしに似ている霊魂たちは、栄光においてもわたしに似るであろう。」(聖ファウスティナの日記「わたしの霊魂における神のいつくしみ」446より)

わたしの生涯は移ろう影
草のように枯れて行く。

-詩編102編12節-
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by hild_yam | 2012-02-22 13:31 | 神の慈しみと聖ファウスティナ | Trackback | Comments(0)
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オルガニスト 山田早苗 Official Blog☆聖書の御言葉と写真で綴る日記


by hildy
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