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思ったことなど

a0142083_2139971.jpgキャサリン・ドゥハーティ著「福音を生き抜く」の日本語訳出版のお知らせを頂いた。列聖審理中の著者による有名な著作だそう。「この本の中で、キャサリンは、『キリスト教は、倫理的で道徳的な行動を取ること、教会に行くこと、天国に行くための約束事を学ぶといった問題に成り下がってしまった』と言っています。福音の生き生きとした真実と、水で薄められた福音との落差が大きく、私たちは今、その損害の果実を刈り取っていると言うのです。」との紹介文が目にとまった。「福音とは何か、まとめれば、キリストの愛の、とてつもない、やさしい、思いやりのある、穏やかな、驚くべき、危険に満ちた、革命的な掟であると言うことができます。キリストはご自分のようになるよう私たちを招いておられます。」と。

前段の「成り下がってしまった」キリスト教に日々直面しつつ、私なりに思う。イエスの弟子の特徴とは、何だろう。自分が取るに足りない小さな者であること、罪人でさえあることを知り、それにも関わらず愛されている、このような私のために命まで差し出して下さるほど、全能の神が私を愛しおられる、という事実を胸が痛くなるほど体験する時に、この方に従いたい、全生涯を掛けて、命さえも惜しまずに、イエスに従いたい、と思わずにいられないのである。
弟子にも様々な段階があろう。聖ペトロは船も網も捨ててイエスに従った時、すでにイエスの弟子になったと思っていた。でも、イエスが捕えられた後「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか」と問われ、「違う」と答える。そんな自分の姿に泣き、それでも愛すること、慈しむことをやめない主イエスの眼差しの中で、力強く働くことができる本物の弟子になったように思う。
無条件で愛されていると知る時、人は強く、やさしくなれる。しかも全知全能の神が、死者の中から復活して、今、真に生きておられる神が、このように愛して下さるならば、どれほど心強いことであろう。これこそ喜びの知らせ、福音ではなかろうか。

わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を贖ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。
-ヨハネの手紙Ⅰ4章10節-
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by hild_yam | 2014-07-02 22:01 | 神さま、大好き! | Trackback | Comments(0)
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